ユーロスペース

解説 文・伊東美和(ゾンビ評論家)

ブラジルのホラー映画と言われても、ほとんどの人はピンとこないのではないか。コフィン・ジョーやアイヴァン・カルドーソなど、一部の好き者に支持される監督もいるが、さて、それ以外となるとちょっと思いつかない。実際のところ、ブラジルではさほどホラー映画の製作が盛んではないようだが、同じ南米のアルゼンチンやチリがそうであるように、近年はインディペンデント映画を中心に新しい才能が生まれている。その先頭にいるのが、ロドリゴ・アラガォンだ。
アラガォンは1977年に観光地として知られるグァラパリで生まれた。元手品師の父親が小さな映画館を所有していたことから、幼い頃から映画に親しんでいたという。そして7歳の時に『スター・ウォーズ/帝国の逆襲』のメイキングを観て特殊効果に興味を持ち、『死霊のはらわた』に衝撃を受けてホラー映画を撮りたいと思うようになった。90年代から短編映画の特殊効果を手がけはじめるが、そうした技術を人から教わったことはなく、映画のメイキングを繰り返し観て研究したそうである。彼は自分の映画で監督・脚本・特殊効果を兼任するが、なによりも楽しいのはクリーチャーや残酷描写の特殊効果を手がけている時だという。
アラガォンの初長編『デス・マングローヴ ゾンビ沼』は、わずか7人のスタッフによって3年がかりで撮影された。近代社会から取り残されたような漁村を舞台に、貧困と差別、環境破壊を扱っているのも異色だが、なんといっても目を引くのは過激なスプラッター描写。このCG全盛の時代にプラクティカル・エフェクトにこだわり、ピーター・ジャクソンの『ブレインデッド』を彷彿とさせる血みどろの修羅場を見せてくれる。しかも、これが実によくできているのだ。正直なところ、低予算は明らかだし、技術的な未熟さがも目につくものの、勢いよく飛び散る血糊と肉片がそうした弱点を打ち消してくれる。
今回上映される『デス・マングローヴ ゾンビ沼』『吸血怪獣チュパカブラ』『シー・オブ・ザ・デッド』は同じ舞台を共有する三部作であり、登場人物の一部も重なっている。予算は一作目が5万レアル(約230万円)、二作目が16万レアル、三作目が30万レアルと順調に増えている一方、アラガォンのスタイルにはまったくブレがない。ジャンルへの愛情と手作り感にあふれるスプラッター。CGを使ったリアルな特殊効果とスタイリッシュな映像が幅を利かすなか、この泥臭さは貴重だ。


監督紹介

ロドリゴ・アラガォン ( Rodrigo Aragão )

1977年、ブラジル・グァラパリ生まれ。

20年以上映像業界にたずさわり、これまでに関わった本国上映作品は30本を超える。

2008年、制作・俳優陣の仲間と共に旗揚げした映像制作集団「Fábulas Negras」で製作した初長編作品『デス・マングローブ ゾンビ沼(原題:Mangue Negro)』を発表。ブラジルの環境汚染を痛烈に批判したこのホラー作品が、ブエノスアイレス・スプラッター映画祭で最優秀作品賞/観客賞ダブル受賞、サンティアゴ・スプラッター鮮血映画祭で監督賞/最優秀特殊効果賞ダブル受賞アメリカンSPTERROR映画祭で最優秀作品賞受賞、など、各国の映画祭で絶賛され注目を集める。

続いて2011年に発表した『吸血怪獣チュパカブラ(原題:A Noite do Chupacabras)』でもゆうばり国際ファンタスティック映画祭をはじめ、10か国以上の世界映画祭に招待され話題となった。その実力と人気により、最新作『シー・オブ・ザ・デッド(原題:Mar Negro)』は出資額が大幅に増大、これまでに培ったキャリアの集大成とも言えるクオリティの作品が完成。本作も20を超える映画祭で上映され、世界中のファンを絶叫させている。

現在はブラジルを代表するホラー映像制作の第一人者として、演出や美術などのワークショップなども行っている。


上映作品

STORY

熱帯雨林に囲まれたブラジル南部のある村で、豊かな土地を巡って、二つのファミリー、シルヴァ家とカルヴァーリョ家は長きに渡り権力抗争を続けていた。ある日、シルヴァ家の家畜たちが惨殺される。首元には牙の跡があり、血を抜かれたような死に方だった。そして父・ペドロも…。カルヴァーリョ家の仕業だと思い込んだシルヴァ家の男たちは銃を手に敵地に乗り込み、血みどろの争いが幕を開けることとなる。弱者は強者の手により無残に殺されていき、怒りと恨みで人々はみな、次第に正気を失っていく。醜い抗争のなか、伝説のUMA(未確認生物)「チュパカブラ」が現れる。人々の争いに乗じるかのごとく、チュパカブラは次々に人間たちを襲いだすのだった…。

Award

CAST:メイラ・アラルコン/キカ・オリヴェイラ/マークス・コンカ/マーゴット・バナッティ
監督・脚本:ロドリゴ・アラガオ 製作:ヘルマン・ピドナー
2011年/ブラジル/106分/ポルトガル語/カラー/ BD上映 © Fábulas Negras - All Rights Reserved.

STORY

まるで文明から切り離されたようなブラジルの亜熱帯地帯、マングローブ林に囲まれたある小さな漁村。昔は魚介類など様々な生き物が生息していたこの地の沼は、今や水質汚染の波が押し寄せ漁業が壊滅状態、村人は極貧の生活にあえいでいた。わずかに獲れる貝類を食すことで感染は人体にも影響を及ぼし、村人の皮膚はただれ、膨れ上がり、おぞましい容貌へ変化していく。悪夢はそれだけではなかった。悪臭漂う泥沼の中から突如、恐ろしい容貌のゾンビが現れる。次々と感染、増殖していくゾンビたち。一人、また一人と襲われる村人たち。臆病だった男ルイスは愛するハケルを守るため、小さな手斧とライフルを手に戦いを決意。はたして、カオスと化したこの湿地帯で二人は無事生き延びることができるのだろうか…。

Award

CAST:ワルデラマ・ドス・サントス/キカ・オリヴェイラ/リカルド・アラーリョ
監督・脚本・撮影:ロドリゴ・アラガォン
2008年/ブラジル/105分/ポルトガル語/カラー/ BD上映  © Fábulas Negras - All Rights Reserved.

STORY

海辺に佇む小さな村。ある日、海に出たベテラン漁師のベロアは奇怪な形態をした生物から襲われ大けがを負う。誰も信じないだろうと真実を隠し、釣れたアカエイを売った彼はその夜、おぞましい行動を起こす。一方で、アカエイをさばいた使用人のアウビノは身の変化に気づく。実は海中でゾンビ感染が発症、魚たちは皆ゾンビ化していたのだ。感染は村人間でも徐々に進み、大勢が集まった娼婦小屋開店日の夜、爆発的に広がる。大量発生したゾンビで覆い尽くされ、村は地獄絵図と化す。

Award

CAST:マークス・コンカ/ティアゴ・フェリ/キカ・オリヴェイラ/キャロル・アラガオン
監督・脚本・撮影:ロドリゴ・アラガォン
2013年/ブラジル/96分/ポルトガル語/カラー/ BD上映   © Fábulas Negras - All Rights Reserved.


予告編

吸血怪獣チュパカブラ

デスマングローブ ゾンビ沼

シー・オブ・ザ・デッド


劇場情報

ユーロスペース 2014.6.7(土)〜27(金)戦慄のレイトショー 連日 21:10

2014.8.9(土)~15(金)京都・立誠シネマプロジェクト 連日 19:00

2014.8.30(土)~9.5(金)大阪・第七藝術劇場 連日 21:00